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さんまの存在は師匠のおかげ?師・笑福亭松之助とのエピソード

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さんま、たけし、タモリ…芸能界のビック3の一角であり、数々の番組で司会を務める芸能界の重鎮。還暦を迎えてもなお衰えを知らない”お笑いモンスターぶり”は相変わらずですね!

そんなお笑いモンスターを生み出した”師匠”の存在、皆さんご存知でしょうか?今回は明石家さんまの師匠、笑福亭松之助とさんまとのエピソードについて書いていきます。

師匠が名づけた「さんま」の芸名の意外すぎる由来

 

 

上方落語界の重鎮であり、御年90歳になる笑福亭松之助の元へ弟子入りしたのは、さんまが高校卒業間際の頃でした。さんまの実家では水産加工業を営んでいたことから「笑福亭さんま」と名づけられました。

弟子にの命名作業に対してうっとおしく思っていた松之助は、自転車屋の実家を持つ弟子には「笑福亭サドル」、床屋が実家なら「笑福亭パーマ」とユニークな名前をつけていきました。

現在のさんまを生み出した師匠愛

 

さんまが17歳のときに松之助の元へ直接弟子入りを申し込みに行きました。その際に弟子入りの理由として「あんたセンスがあるさかい」とまさかのタメ口。このまさかの対応にも松之助は「おおきに」と弟子入りを承諾しました。

30歳以上も年も離れた高校生に生意気な態度を取られたら、怒って追い返してもおかしくないと思うのですが、「まさか自分の元へなんか弟子なんかくるわけがない」と思っていたと語る松之助は、自分の元へ直接弟子入りを志願してくれたことをうれしく思ったのだと思います。

心優しい師匠は外出する際、忘れ物があったことを思い出し取り戻る時、家で寝ているさんまを起こさぬように気を遣って自宅に戻ったというエピソードも。

そんな中、二十歳になる目前で、修行を抜け出しさんまは女性と駆け落ちをしてしまいました。が、この女性とはほどなくし破局。破門を覚悟して戻ったさんまに対して師匠は「何してる、早うはいれ」と暖かく受け入れてくれたそうです。

その後師匠のアドバイスにより、師匠の本名である「明石徳三」から名を取って「明石家さんま」が誕生しました。

師匠と弟子の素敵な関係

 

09年に松之助の当時芸能生活60周年イベントが行われ、弟子であるさんまが駆けつけました。松之助いわく、笑いを全部もっていかれるので来て欲しくなかった語っていましたねw

司会者であるのに笑いもしっかりとりに行くさんまのスタイルに、「司会者としては邪道だけど天性のもの」、と弟子を絶賛。さんまとの出会いは運命だったとも語りました。

ノギャラでイベントに駆けつけたさんまは、舞台袖で師匠の高座を直立不動で聞き入っていました。

 

 

 

 



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